61.リーダーの意思決定
答えのない状況で、どうやって答えを出すか?「最難関の意思決定」
今回は、ハーバードビジネススクール教授のジョセフ・バダラッコ(Joseph Badaracco)の著書をベースにリーダーシップのあり方と意思決定について考えていきます。バダラッコ教授の専門は、リーダーシップと企業倫理。リーダーシップ、リーダーの決断と責務についての著書がたくさんあります。
翻訳されているものとしては、
1.『静かなリーダーシップ』2002年(翔泳社)“Leading Quietly”
2.『「決定的瞬間」の思考法』2004年(東洋経済新報社)“Defining Moments”
3.『ひるまないリーダー』2014年(翔泳社)“The Good Struggle”
4.『マネージング・イン・ザ・グレー』2019年(丸善出版)があります。
今回は1番目と3番目の著書からリーダーとしての行動について見ていきます。
静かなリーダーシップ
最初に取り上げる『静かなリーダーシップ』の原題は、“Leading Quietly”です。副題は、“An Unorthodox Guide to Doing the Right Things”となっています。少々話は脱線しますが、翻訳書のタイトルには「さすが、うまい!」というものもあります。ですが、原書のタイトルと副題をしっかりと確認しないと、イメージと違った内容であったなどということになってしまいます。本選びの際には原題も確認するといいでしょう。
話を戻すと、オーソドックスではない指導書だと言っています。どういうことかというと、静かなリーダーシップとは、「困難で重要な人間の問題のほとんどは、社内、社外を問わず、トップの誰かによる速やかで決定的な方策によって解決するわけではない。重要なのは、脚光とはほど遠い人々が行う、慎重で思慮深く実践的な小さな努力である。すなわち、世界を動かして変革するのは、静かなリーダーなのだ」と言っています。
ヒーロー型リーダーシップでは、ピラミッドの頂上にカリスマと呼ばれるような偉大な指導者がいてトップダウンで順次指示命令を下層へと伝えていくスタイルをとります。
危機的な状況では瞬発力をもって課題を解決できますが、組織は硬直化し、近視眼的になり、人は育ちません。もっと広い視野でみると、ほとんどの場合、リーダーシップは日常の中で必要とされミドルマネジメントの層が挑戦しているものなのです。
彼ら/彼女らはカリスマ性や権力を持っていないために自身をリーダーと考えていないかもしれませんが、この層が厚いか、育っているかが組織の成功を左右します。
こうしたリーダーに求められる行動特性を4つ挙げています。
・現実を直視する
静かなリーダーは現実主義者です。
複雑で変化が激しく危険な状況で必要とされ、成功するには現実的になることと、自分の理解を過大評価しないことが重要です。インサイダー(内部の事情に精通している者)に目を光らせています。けっして皮肉屋ではないが、信頼する時には慎重で、いったん信頼したら簡単には揺らぎません。しかし信頼しきることの危険性も認識しています。
・時間を稼ぐ
実践的なリーダーは難問に直面してもすぐに「答え」を出すのではなく、従来のリーダーシップとは全く違うことをします。
すなわち、問題に直進するのではなく、何とかして時間を稼ぐ方法を考えます。流動的で多面的な問題に対して即座に答えを出すことは無理だと認識しています。
・賢く影響力を活用する
静かなリーダーは、自分にどのくらいの影響力があるのかを認識しています。
影響力とは、主に他者からの評判と仕事上の人間関係で構成されます。影響力を強化するには、チームプレーヤーになることを知っており、周りの人に誠実に対応し、周りの人の評判や前途あるキャリアを守り、伸ばします。
一方で、現実主義者であって、行動によってどのような見返りがあるかをみて優先順位を決め、リスクがあるかをみて軽減策を考えます。高尚な理由のために自らのキャリアを賭ける(命を捧げる)ヒーロー型のリーダーとは違います。
・妥協策を考える
静かなリーダーは、基本的な倫理観は妥協せずに貫き通すべきであるとの考え方を認めはするものの、ほとんどの状況ではあまり役にたたないことも認識しています。
妥協案を考えることは、実践的な知識を習得して実行に移すことであり、忍耐強く実践的に価値観を守り、それらを実現しようと考えています。実行可能な責任ある方法を見つけだすことにエネルギーを集中します。
最後に、静かなリーダーシップの行動(戦術)面と合わせて、性格面での特質として3点を挙げています。
「自制」「謙虚」「粘り強さ」です。
これらの特徴は、日常的な静かな特徴です。平凡すぎると思われるかもしれませんが、実際にはこれらが価値観の基礎にあり実践できる特徴です。ごく普通に見られる自然で賢明な発想や行動パターンなので、ほぼ誰でも静かなリーダーシップの特徴を実践できます。特別な人や特別な場面での特徴ではないのです。
ひるまないリーダー
二番目に『ひるまないリーダー』こちらの原題は“The Good Struggle”副題は“Responsible Leadership in an Unforgiving World”です。20世紀までの企業社会では、大きいことはいいことであり、大企業は安定して力があり、ヒエラルキー型マネジメントを実践していました。しかし、21世紀に入って10年以上たち(2014年刊)VUCAといわれる社会、未来を見通せず、誰もが短期指標に基づいて実績を出さないプレッシャーにさらされています。
長期的なコミットメントを果たす人材や活動をコントロールする権限が与えられない時代にひるまずにリーダーシップを発揮するにはどうすればいいのか?苦悩しながらやり抜くリーダーとは?に答えを出そうと書かれた本です。struggle,unforgiving worldの意味が解ります。
最初に紹介した『静かなリーダーシップ』の続編にあたる同書は、「責任あるリーダーシップとはコミットメントである」「コミットメントはハードワークすることである」という2つのテーマになっています。
・自分は現状をとりまく環境を十分に把握しているか
・自分の心の責任とは何か
・いかにして重要な決断をくだすのか
・核となる価値観を持っているか
・自分はなぜこの人生を選んだのか
新しい時代におけるこれら5つの質問に対する考察が述べられます。これら時代を超える質問に対して、確実な答えはないものの、指針になりそうな視点は現れ始めているとしています。
大局的に見ること(歴史、哲学、20世紀のリーダーの行動)をとおして現れつつある答えを探っています。『静かなリーダーシップ』を読んだ後に読むことをお奨めします。
今回取り上げなかった『「決定的瞬間」の思考法』は、最も難しい問題、どちらも正しいと思える選択肢の間から選択を迫られる場面においてどのような決断をするのか?その決断が、個人・職場・組織全体・社会のアイデンティティ―を決めます。この問題を哲学、歴史の知見をとして論じています。
同様に『マネージング・イン・ザ・グレー』は、多くの著名人が出てくるケーススタディーと哲学者・思想家・歴史家の叡智を多く盛り込んだ著作です。『「決定的瞬間」の思考法』のアップデート版といった位置づけです。
Topics:ソロモン王の裁き
妥協に関しての例として、バダラッコ教授も、ドラッカー教授も、旧約聖書に出てくる「ソロモン王の裁き」を紹介しています。ドラッカー教授:妥協には二つの種類がある。一つは古い諺の「半切れのパンでも、ないよりはまし」であり、もう一つはソロモン王の裁きの「半分の赤ん坊は、いないより悪い」という認識に基づく。
前者では、半分は必要条件を満たす。パンの目的は食用であり半切れのパンは食用になる。しかし半分の赤ん坊は必要条件を満たさない。半分の赤ん坊は命あるものとしての子供の半分ではなく、二つに分けられた赤ん坊の死骸である。
そもそもソロモン王の裁きとは、
バダラッコ教授:二人のうちどちらが本当の母親であるかを判断するために、ソロモン王は子供を半分に切ることを提案した。赤ん坊の本当の母親はその恐ろしい考えに泣き出し、子供をあきらめると言った。これこそソロモン王が待っていた反応だった。強烈な価値観、倫理観、深い信念をもつ人々は、これらが危機に瀕している際に策を弄さないものだと王にはわかっていた。
というものです。
またドラッカー教授は、やがては妥協が必要になるからこそ、誰が正しいか、何が受け入れられやすいかという観点からスタートしてはならない。満たすべき必要条件を満足させるうえで何か正しいかを知らなければ、正しい妥協と間違った妥協を見分けることもできない。その結果間違った妥協をしてしまう、と言います。
バダラッコ教授は、責任を果たせるような妥協を考えるのは、たんなる妥協ではない。日常の倫理問題を解決するために、実行可能な責任ある方法を考案することが最終目標である、と言っています。
まさにマネージャーの真価が問われるところです。苦しくとも前進しなければなりません。意気の問題でもあり、勇気の問題でもあります。
Jerry O. (大庭 純一)
1956年 北海道室蘭市生まれ、小樽商科大学卒業。静岡県掛川市在住。
ドラッカー学会会員。フリーランスで、P.F.ドラッカーの著作による読書会、勉強会を主催。
会社員として、国内大手製造業、外資系製造業、IT(ソフトウェア開発)業に勤務。
職種は、一貫して人事、総務、経理などの管理部門に携わる。社内全体を見通す視点、実働部隊を支える視点で、組織が成果をあげるための貢献を考えて行動をした。
・ISO9000s(品質)ISO14000s(環境)ISO27000s(情報セキュリティー)に関しては、構築、導入、運用、内部監査を担当。
・採用は新卒、キャリア、海外でのエンジニアのリクルートを担当。面接を重視する採用と入社後のフォローアップで、早期離職者を出さない職場環境を実現。
・グローバル化・ダイバーシティに関しては、海外エンジニアの現地からの直接採用、日本語教育をおこなう。日本人社員に対しては、英語教育を行う。
・社内教育では、語学教育のみならず社内コミュニケーションの活性化、ドラッカーを中心としたセルフマネジメント、組織マネジメント、事業マネジメントを指導。