47.プロフェッショナル・マネジャーの行動原理(成果をあげるには)
新年を迎えました。今年一年の大きなテーマとして「個人」と「組織」、「チームとリーダーシップ」について考えていきます。
今回は、ドラッカーが「マネジメント」の体系を創造していく原点と、「個人」と「組織」について至った結論を紹介します。以降の連載の「総論」にあたるものです。
さらに、ハーバードビジネスレビューで、もっとも読まれた論文「プロフェッショナル・マネジャーの行動原理」を今月と来月の2回に分けてご紹介します。
組織の中のあらゆる者が「組織と組織の目的に対して、自らにできる最大の貢献は何か」を問いつづけなければならないことを意味する。換言するならば、全員が意思決定者として行動しなければならない。全員をエグゼクティブとして見なければならない。
P.F.ドラッカー『ポスト資本主義社会』p139
組織とは、個としての人間一人ひとり、および社会的存在としての人間一人ひとりに貢献を行わせ、自己実現をさせるための手段である。
P.F.ドラッカー『マネジメント(下)結論』p302
一番目の引用は、『ポスト資本主義社会』(1979年)からの引用です。ここでドラッカーは、ブルジョア資本主義、マルクス社会主義、ファシズム全体主義でもない新しい世界(ポスト資本主義)を描きました。
資本主義後の社会、すなわちポスト資本主義社会は「知識社会」であるとともに同時に「組織社会」でもあります。
この2つは、概念・世界観・価値観の違いはあれども相互依存の関係にあります。
このポスト資本主義社会において中心的役割を果たすのが知識労働者(knowledge worker)です。知識労働者は、「組織」の一員として自らの「知識」を用いて働きます。
知識労働者は、
・知識社会においては、「言葉」や「思想」に焦点を合わせた知識人の文化の中に生き、働きます。知識を自己実現のための手段とします。
・組織社会においては、「人間」と「仕事」に焦点を合わせた組織人の文化の中で生き、働きます。
知識社会においては、組織人による均衡が必要になります。それがなければ「好きなことをするだけ」となり、意味あることは何もしない世界になります。
組織社会においては、知識による均衡が必要になります。それがなければ、形式主義に陥り、組織人間が支配する無気力な灰色の世界になってしまいます。
ポスト資本主義社会においては、多くの人がこの2つの文化の中で生活し、仕事をします。そして益々多くの人が両方の文化で働く経験をもつのです。
二番目の引用は、ドラッカーの1,000ページにもおよぶ大著『マネジメント-課題、責任、実践』(1973年)の最後の結論部分からです。ユダヤ系のオーストリア人のドラッカーは、ナチスから逃れアメリカにわたる前の数年間イギリス・ロンドンに滞在しました。
そこでJ.M.ケインズの講義を聞いています。「貨幣と商品」のみを語り「人と社会」を語らない経済学に限界を感じ、「自由にして機能する社会」を実現するためにマネジメントの体系を作りあげていきました。『マネジメント』は、63歳の時の著作でありドラッカーマネジメントの集大成です。
今月と来月の2回にわたり、下記論文の要点を解説します。今月は、8つ(+1)の行動原理のうち最初の4つを取り上げます。
「プロフェッショナル・マネジャーの行動原理」“What Makes an Effective Executive”
初出 Harvard Business Review (HBR) June 2004
邦訳: ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー(DHBR) 2004.8
再掲『ドラッカー経営論』『経営者の条件(序章)』『リーダーシップの教科書』いずれもダイヤモンド社
組織をけん引するマネジャーの多くが世間一般でいうリーダータイプではなく、その性格、姿勢、価値観、強み、弱みのすべてが千差万別であった。外向的な人から内向的な人、頭の柔らかな人から硬い人、大まかな人から細かな人までいた。
こういった書き出しから始まる論文です。これらのさまざまなタイプの人に共通する成果をあげるための習慣を8つ挙げて解説しています。
(1)「何をしなければならないか」と自問自答する
(2)「当社にとって正しいことなのか」と問う
(3)アクションプランを作成する
(4)意思決定に責任を負う
(5)コミュニケーションに責任を負う
(6)チャンスに焦点を当てる
(7)会議を生産的に進行する
(8)「私」でなく「我々」の立場で考え発言する
ちなみに原文は
■They asked, “What needs to be done?”
■They asked, “What is right for the enterprise?”
■They developed action plans.
■They took responsibility for decisions.
■They took responsibility for communicating.
■They were focused on opportunities rather than problems.
■They ran productive meetings.
■They thought and said “we” rather than “I”.
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(1)「何をしなければならないか」と自問自答する
・「自分が何をしたいか」を考えるのではなく、何をしなければならないか自問して真剣に自答すること。
・一つの仕事に集中する。(マルチタスクは不可能)
・優先順位を決めて一貫してこれを守る。
・第一の最優先課題をやり遂げた後に、二番目の優先課題に移るわけではない。優先順位を再考し、「いま何をしなければならないのか」、いま一度自問すること。
(2)「当社にとって正しいことなのか」と問う
・いまの意思決定や行動は「当社にとって正しいのか」を問うこと。
・問うたとしても、必ずしも正しい意思決定が下されるわけではない。いかに才能に恵まれた経営者もしょせん人間であり、間違いを犯したり、偏見にとらわれたりすることがある。
しかし、この問いかけを怠れば、まず例外なく間違った決定が導かれる。
(3)アクションプランを作成する
・経営者、マネジャーは実践者、実行する者である。
・望むべき成果、予想される制約事項、将来における軌道修正、チェックを入れるタイミング、時間の使い方を考える必要がある。
・私はどのような貢献が期待されているか、どの様な成果を目指して努力すべきか、また期限はいつまでか、を自らに問いかけること。
・足かせになりそうな制約事項について検討する。行動指針は倫理にかなっているか。組織内で受け入れられるか。合法的か。組織の使命、価値観、経営方針に矛盾しないだろうかを考える。
・アクションプランは公約ではなく意図の表明。頻繁に再検討が必要になる。
・アクションプランでは、成果を期待と照らし合わせてチェックする仕組みを設けておく必要がある。(フィードバックの仕組み)
(4)意思決定に責任を負う
・決定を下す前に、①責任者の名前、②期限、③その意思決定の影響を受ける人々の名前、④直接の影響を受けるわけではないが、その意思決定について知らせておくべき人々の名前について理解しておく。
・意思決定は定期的に見直すことが必要。人材の雇用と昇進に関する意思決定には見直しが欠かせない。
・意思決定を定期的に見直すことで、経営者・マネジャーは自分自身の弱み、とりわけ自分の能力が足りない領域について把握することができる。
・不得手な領域において意思決定したり行動を起こしたりせず、だれかほかの人に任せる。だれにでも、このような不得意領域はある。万脳の天才はいない。
来月は、残りの4項目(+1)について解説します。
(左)『リーダーシップの教科書』2018.8 HBR(ハーバードビジネシレビュー)に掲載された論文の中からリーダーシップ論に関する影響力のあるもの10本を掲載。
ドラッカーの当該論文以外に、ジョン・P ・コッター、ロナルド・A・ハイフェッツ、ウォレン・G・ベニス、ジム・コリンズ、ダニエル・ゴールマンの論文を収録してある。
(中)『経営者の条件』(ドラッカー名著集1)序章に「成果をあげるには」という題名で掲載。
(左)DHBR(ダイヤモンドハーバードビジネシレビュー)2004.8号の抄訳(非売品)
Topics:「空気」の研究
『「空気」の研究』山本七平著は、1977年(昭和52年)4月に文藝春秋から刊行されました。現在は、文春文庫で入手可能です。私は、学生時代に読み社会人になってから読み、最近改めて読み返しました。10年ほど前に、サッカー日本代表監督の岡田武史が愛読書として紹介したことでブームになりました。
山本七平氏は、イザヤ・ベンダサンの筆名で『日本人とユダヤ人』1970年(山本書店、現在は角川文庫ソフィアで入手可)でも有名です。太平洋戦争末期、陸軍の少尉としてフィリピンでの過酷な戦争体験をされています。
この空気の研究は、日本社会における意思決定を分析して論じています。目に見えない圧力としての「空気」、同調圧力、最終的にだれも責任をとらない決定、論理的正当性を越えた権力者の「お墨付き」などが取り上げられています。これらの文脈から、今現在も進行中の企業による粉飾決算、製品データの改ざん問題などの根が読み取れます。
ちょうどこのタイミングで鈴木博毅氏『「超」入門 空気の研究』が刊行されました。オリジナルの『「空気」の研究』は、戦艦大和の出撃やイタイイタイ病などの例が挙げられていますが、鈴木氏はそれらを踏まえつつ、現代の日本社会においても「空気」にまつわる構造が変化することなく続いていることを新しい例も交えて紹介しています。
企業で働く(中間)管理職が下す決定に関していえば、正しいことと間違っていることの間の決定であれば、難しいことはありません。どちらも正しい中から一方を選択する、どちらを選んでも解決には程遠いがより損失の少ない選択肢を考えることなどが次々に起こります。
会社全体と部門、会社の理論と社会の理論、法と倫理基準などの板ばさみ状態からの決断などもあります。
このテーマは、今だけでなく、これからも考え続けなければならないものです。
ぜひ、管理部門のマネジャーには読んでいただきたい本です。
Jerry O. (大庭 純一)
1956年 北海道室蘭市生まれ、小樽商科大学卒業。静岡県掛川市在住。
ドラッカー学会会員。フリーランスで、P.F.ドラッカーの著作による読書会、勉強会を主催。
会社員として、国内大手製造業、外資系製造業、IT(ソフトウェア開発)業に勤務。
職種は、一貫して人事、総務、経理などの管理部門に携わる。社内全体を見通す視点、実働部隊を支える視点で、組織が成果をあげるための貢献を考えて行動をした。
・ISO9000s(品質)ISO14000s(環境)ISO27000s(情報セキュリティー)に関しては、構築、導入、運用、内部監査を担当。
・採用は新卒、キャリア、海外でのエンジニアのリクルートを担当。面接を重視する採用と入社後のフォローアップで、早期離職者を出さない職場環境を実現。
・グローバル化・ダイバーシティに関しては、海外エンジニアの現地からの直接採用、日本語教育をおこなう。日本人社員に対しては、英語教育を行う。
・社内教育では、語学教育のみならず社内コミュニケーションの活性化、ドラッカーを中心としたセルフマネジメント、組織マネジメント、事業マネジメントを指導。