45.失敗を推奨する組織
「隗(かい)より始めよ」。上位者が率先垂範して適切な失敗をたくさんしてみせなければならないということです。そしてそれらの失敗事例をオープンにすることです。
では、オープンにした失敗事例をどう評価するのか。コラム第44回では、1.ミスと失敗、2.安心して質問できる環境づくりについて取り上げました。続きを書いていきます。
3.失敗のオープン化と評価
トーマス・エジソンの名言を紹介します。「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまく行かない方法を見つけただけだ。」「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ。」社内でプロジェクトを組んで新しい課題に挑戦することは、どこでも行われているでしょう。成功して大きな成果が上がれば、社内表彰されることもあるでしょう。
しかし、うまくいかなかったり途中で打ち切られたりしたプロジェクトに関しては、内部での反省会があったとしてもその詳細が全社に共有されることは稀ではないでしょうか?
この背景には、うまくいかなかった「こと」ではなく、「誰が」こうした/こうしなかったという風に考える文化/風土が出来上がっているのです。
これを打破するためにも、失敗をオープンにして、その「こと」がなぜうまくいかなかったのか、そこから何を学べたのかをリスト化すべきです。
そしてできることなら、表彰も検討すべきです。例えば「一番多く試行錯誤のうえたくさんの適切な失敗をしたことについて」「最も挑戦的な課題に取り組んだことに対して」などです。
4.「先にしくじる」戦略
だれでも失敗はしたくないものです。挑戦的な課題に対して、失敗したくないという意識が強く働き始めると、そこには落し穴(罠)がひそんでいます。『さきにしくじる Premortem Thinking』山崎裕二著(日経BP社 2018.05)から7つの罠を紹介します。
①現在バイアスの罠:ずるずると課題を先延ばししてしまう
②オプション選好性の罠:どっちがいいか決められない
③非合理的な信念の罠:勝手な思い込みでチームの人間関係をこじらせる
④コンコルド効果の罠:もはや、引くに引けない
⑤自己中心性の罠:自分のやり方なら必ず成功できる
⑥完璧主義の罠:すべてがそろわないと動けない
⑦計画錯誤の罠:必ず想定外のことが起こる
これらの罠にはまらないように気を付けながら、事を起こす前に先回りして未来の失敗を想定するところから始めよう、という戦略です。逆説的な成功メソッドともいえます。
私たちの常識や過信の陰に隠れて潜んでいるクリティカルな問題を事前にあぶり出し、あらかじめ失敗の芽をつぶす。
こうして成功の確率を高めようとするものです。
プロジェクトマネジメント(PM)の知識体系(PMBOK Project Management Body of Knowledge)には、計画(実行のステージ)、ツール、管理手段などが詳細に紹介されています。
さらに、この「先にしくじる」戦略を加えることで、プロジェクトの迷走、頓挫を防止し、成功の確立をあげられるはずです。プロジェクトマネジャーには、紹介した書籍の一読をお奨めします。
ビジネスの世界では、会社の運命をかけた乾坤一擲(運を天にまかせて)の大勝負などはあってはいけません。そうなる前に試行錯誤を繰り返し、適切な失敗をたくさんしながら、小さな成功を積み重ねることが大切なのです。
5.リスクの考え方
課題が挑戦的であればあるほど、目標達成が叶わなくなるリスクは高くなります。そこで「リスク」についてどう考えて行動すべきかを考えましょう。ドラッカーは『創造する経営者』で以下のように言っています。
「正しい機会と正しいリスク」と題して、いかなる機会を追求できるかという問いをたて、事業の経済的分析から考えなさいとし、それに続けて4つのリスクをあげています。
もちろんリスクもまた分類しなければならない。リスクの大小は、大きさだけで判断すべきではなく、その性格で判断すべきである。
基本的にリスクには4つの種類がある。
第一に、追うべきリスク。すなわち、事業の本質に付随するリスクである。第二に、負えるリスク。第三に、負えないリスク。第四に、負わないことによるリスクである。P274
第一のリスクは、放置すると、時として事業に致命的な打撃を与えかねません。組織全体で最優先に取り組まなければなりません。
第二、第三のリスクについては、経営レベルから担当者レベルまで日常業務の範囲で何らかの判断をしているはずです。
そして、最大のポイントが第四のリスクです。挑戦しないことを選択したならリスクはないわけです。その代わりに、組織は目に見えない速度かもしれませんが、確実に衰退していきます。緩慢な死(slow death)を迎えるのです。
このコラムは、人事担当者向けとしていますが、管理部門や経営者の方々も読んでいただいているでしょう。私が思うには、経理部門が企業戦略に対して大きな貢献できうる場所がここにあるのです。過去の取引を正確に記録し、決算を行い、財務報告をし、納税をすること。これらにプラスして戦略的な経理業務があると思うのです。
経営陣に対して、「○○百万円までなら挑戦的な課題に投資できる/いまならできる/すべきである」と進言することです。利潤の極大化ではなく、株主や銀行などに説明ができる範囲で利益からどれだけ将来への投資に資金を振り向けられるかを決めることです。これが経理部門に課された、もっとも挑戦的で難しい課題です。また経営陣は、このことを経理部門に要求しなければならないのです。
自らのあらゆる決定と行動において、ただちに必要とされるものと、遠い将来に必要とされるものをバランスさせることである。いずれを犠牲にしても組織は危機にさらされる。いわば、石臼に鼻を突きつけつつ丘の上を見るという曲芸をしなければならない。『マネジメントー課題・責任・実践(中)』p25
前回と今回で、失敗をどうとらえるか?からスタートして企業の風土まで話が大きくなってしまいました。
理想の企業風土を作り上げることは確かに大きな困難があります。しかし、やり方は簡単なこと、日常の何気ない言動や行動の積み重ねからスタートすればいいのです。経営陣やマネジャー層が率先して実行する。実行することを習慣化させる。こういった言動や行動が社員全体に見えるように、理解されるように繰り返せばいいのです。
Google社(持ち株会社移行後、現アルファベット)で、生産性向上ために何が必要なのか?その成功のための因子は何か?を調査した結果が公表されています。多くのビジネス書でも取り上げられるようになってきました。(すでにご存じの方も多いと思います)
結論を紹介すると「均等な発言機会」と「社会的感受性の平均値の高さ」の2つの要因がチームの「心理的安全性の高さ」を生み、生産性の向上の成功因子である、というものです。
失敗を容認し、さらには推奨するという企業風土づくりにも共通するものがあります。
このテーマについては、改めて別の機会に紹介したいと思います。
Topics :Premortem 「プレモータム」
今回、とりあげるpremortemは、まだ辞書に載っていない言葉です。反対語(pre⇔post)のpostmortemは、医学用語で、検死や遺体解剖といった死亡後の分析を意味する言葉です。それが、ビジネスでも事後の討議・分析として使われるようになりました。そして、この反対語としての「プレモータム」が、一つの判断ミスが命取りになるような状況、絶対に失敗が許されない状況で活用される思考術にこの名がつけられました。(アメリカの心理学者、ゲーリー・クラインが提唱)
通常の業務・プロジェクトであれば、目標があり、達成に向けて時間の経過を考慮に入れながら計画を組んでいきます。一方、プレモータム・シンキングではこれとは違う方向性で考えます。
業務・プロジェクトを始める前に目標達成に失敗してしまったと想定します。これによって、顕在化していない様々な問題点をあぶりだし、それらが起こらないように事前に手を打つことにより成功に導こうとするのです。
通常であれば、「達成に向けて時間の経過を考慮にいれて進める」のに対して、「失敗してしまったと想定した時点から時間をさかのぼって、失敗の原因を分析しながら、徹底的に問題を洗い出す」のです。「何をやったらいけないか」と、未来の失敗を防ぐ具体策を立案するのです。
ちょっと考えてみれば、比較的慎重にものごとを進めるタイプの人は、無意識にしてもこのような考え方をしているのではないでしょうか?
“Prepare for the worst”(最悪に備える)という言葉もあります。最悪を想定した上で、損失(lose)と利得(gain)を比較してGOを出すかどうか判断しているはずです。リスクをどう評価するか?にもつながってきます。
Jerry O. (大庭 純一)
1956年 北海道室蘭市生まれ、小樽商科大学卒業。静岡県掛川市在住。
ドラッカー学会会員。フリーランスで、P.F.ドラッカーの著作による読書会、勉強会を主催。
会社員として、国内大手製造業、外資系製造業、IT(ソフトウェア開発)業に勤務。
職種は、一貫して人事、総務、経理などの管理部門に携わる。社内全体を見通す視点、実働部隊を支える視点で、組織が成果をあげるための貢献を考えて行動をした。
・ISO9000s(品質)ISO14000s(環境)ISO27000s(情報セキュリティー)に関しては、構築、導入、運用、内部監査を担当。
・採用は新卒、キャリア、海外でのエンジニアのリクルートを担当。面接を重視する採用と入社後のフォローアップで、早期離職者を出さない職場環境を実現。
・グローバル化・ダイバーシティに関しては、海外エンジニアの現地からの直接採用、日本語教育をおこなう。日本人社員に対しては、英語教育を行う。
・社内教育では、語学教育のみならず社内コミュニケーションの活性化、ドラッカーを中心としたセルフマネジメント、組織マネジメント、事業マネジメントを指導。