44.失敗を許容する組織づくり
皆さんの組織では、年度の数値目標達成にむけ懸命に取り組んでいることと思います。しかし一方で、トップからは新しい製品・サービスの開発、顧客開拓、業務プロセスの革新などの課題が投げかけられているのではないでしょうか?
本音の部分では、新しいことにチャレンジする時間があれば、少しでも現状の目標達成、上積みをしなければならないし、もしチャレンジして失敗したら日々の努力も帳消しにされかねない…
しかしマネジャーの立場からすると、今だけでなく将来も考えなければならない。頭では分かっているのだが…
そこで、まずミスと失敗について考え方を整理しておきましょう。
1.ミスと失敗…しっかりと区別して考える習慣を
普段の会話では、ミスも失敗もほとんど同じ文脈で使っているでしょう。これからは、組織内で両者の違いを意識して使い分けていくことをお奨めします。ミスとは、あるべき手順・方法、ルール、基準からの逸脱
無意識下で起こることがほとんど
⇒0(ゼロ)にすべき
失敗とは、挑戦の結果、期待通りの成果を生まなかった行為
試行錯誤とは、成果(目的)達成へのルートを見つける行為
⇒よい失敗は許容し、増やしていくべきもの
日々の業務のなかで起きてしまうミスは、管理しなければなりません。
「管理する」とは、仕事の設計を再検討することです。生じたミスを修正(もとに戻す)、是正(再発防止)、予防(事前対策や未然防止策をつくる)の順番で進めます。
一方、失敗とは、新しいことへの挑戦をする過程での「試行錯誤」から生まれます。
試行錯誤とは、挑戦的な目標に向かって歩むべき道を探る手段と定義するならば、試行錯誤による適切な失敗は避けられません。挑戦的な目標を達成する確率は、それが挑戦的であればあるほど低くなりますし、達成への過程でも数々の失敗があるものです。
では、なぜチャレンジができないのかを考えてみます。
冒頭で書いたように、日常の業務に追われていることもあるでしょう。さらに「行動経済学」(*Topics参照)で説明できます。「現状維持バイアス」と「プロスペクト理論(損失回避の傾向)」です。つまり、「今のままで変化を好まない傾向」と「うまくいって得られる利得より失敗をして失う損失の方に重きを置く傾向」のことです。
理屈ではわかっていても行動に結びつかない原因があるわけです。
それでは、どう対処するのか?
今回は、組織内の風土改革として2.安心して質問できる環境づくりを取り上げます。
次回(第45回)では、失敗の許容から失敗の推奨へと話を一歩進めて「失敗を推奨する組織づくり」とし、3.失敗のオープン化と評価、さらには4.「先にしくじる」戦略、5.リスクの考え方について取り上げます。
2.安心して質問できる環境づくり
目指すのは、画期的な新商品・新サービス、新規顧客の獲得、流通網の刷新などかもしれません。経営陣にも焦りがあるかもしれません。しかし、いきなりそこまでいく近道はないと思ってください。(偶然のまぐれ当たりはあるかもしれませんが後には続かないでしょう)ここでは確実に成果が上がる方法、メンバー全体が肌で感じる変化を作らなければなりません。いきなり「失敗してもいいからチャレンジをしなさい」といってもメンバーは戸惑うばかりです。
皆さんの組織では、会議やミーテングで質問は多く出てきますか?
メンバー全員の共通理解が出来ていますか?
自分の仕事以外でわからないことをそのままにしていませんか?(前工程・後工程の業務を知ろうとしていますか?)
まず、これらの問いにすべて「大丈夫、問題なし」と言えなければ、「質問」の価値を考え直しましょう。
上司(先輩)が部下(後輩)に指導や教育をするケースでも、解ったか否かを聞くようなクローズドクエスチョンではなく、理解した内容を説明させる「質問」の価値も見直しましょう。
「質問をすることは、多くのビジネスリーダーから非効率だとみられている」
クレイトン・クリステンセン
リーダーの地位にいない者にとって、質問するということは自分のキャリアが傷つくのではないかと心配することだと言います。会議室で「なぜですか?」と発言することが、勉強不足であったり、反抗的であったり、またはその両方とみなされるのです。
実際にここまでひどいことはなくとも、知らないことを素直に質問することに勇気がいる状況は普通でしょう。「質問すること」をポジティブにとらえるためには、経営陣、マネジャー、リーダーの地位にいる人たちが、率先して素朴な「なぜですか?」を発することです。
つまり「質問家(questioner)は会社に活力を与える」を自ら実践することです。
こういったオープンな質問のやり取り、密接なコミュニケーションなしに、画期的なアイデアの実現に失敗を恐れず挑戦することはできません。遠回りのように思えるかもしれませんが、まずは環境からです。このような環境づくりをしながら、挑戦の事例を積み上げていく必要があります。
まずは、経営陣が、マネージャーが実際に挑戦することです。成功すればよし。しかし当然、かなりの確率で失敗するでしょう。それらの失敗をオープンにする。これらの繰り返ししかありません。
次回は、オープン化と評価へと話を勧めます。
Topics :行動経済学(Behavioural Economics)
経済学においては、市場において人間は、経済的合理性のみに基づいて個人主義的に行動する、と想定します。すなわち自分の利益のみを考え、その利益が最大化するように常に合理的な行動を取る存在という訳です。供給者も需要者も完全な情報をもっていて、合理的な行動をするという前提(完全競争)があるからこそ一般均衡状態が導かれ、そこから議論を展開していきます。ところが、人間というものは必ずしも常に合理的な行動をするとは限りません。
そこで従来の経済学に心理学の一分野とされる認知科学を応用した「行動経済学」が注目を集めるようになりました。ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは、プロスペクト理論(不確実下における意思決定理論)を展開・発展させ、2002年のノーベル経済学賞を受賞しています。(トベルスキーが亡くなったため、受賞はカーネマンのみ)その後も、2013年には、イェール大学のロバート・シラー教授が、そして記憶にも新しい昨年2017年には、シカゴ大学のリチャード・セイラ―教授が受賞しています。
カーネマンの『ファストアンドスロー』やセイラ―の『実践行動経済学』などは、従来の経済学のテキストとは違い、人の心のメカニズムとそれによってどのような行動を選択するのか?について、面白くかつ深い洞察を得ることができます。
『〔エッセンシャル版〕行動経済学』というコンパクトな解説書も出ています。人事担当者の皆さんも、長期の休暇を使って一読することをお奨めします。
Jerry O. (大庭 純一)
1956年 北海道室蘭市生まれ、小樽商科大学卒業。静岡県掛川市在住。
ドラッカー学会会員。フリーランスで、P.F.ドラッカーの著作による読書会、勉強会を主催。
会社員として、国内大手製造業、外資系製造業、IT(ソフトウェア開発)業に勤務。
職種は、一貫して人事、総務、経理などの管理部門に携わる。社内全体を見通す視点、実働部隊を支える視点で、組織が成果をあげるための貢献を考えて行動をした。
・ISO9000s(品質)ISO14000s(環境)ISO27000s(情報セキュリティー)に関しては、構築、導入、運用、内部監査を担当。
・採用は新卒、キャリア、海外でのエンジニアのリクルートを担当。面接を重視する採用と入社後のフォローアップで、早期離職者を出さない職場環境を実現。
・グローバル化・ダイバーシティに関しては、海外エンジニアの現地からの直接採用、日本語教育をおこなう。日本人社員に対しては、英語教育を行う。
・社内教育では、語学教育のみならず社内コミュニケーションの活性化、ドラッカーを中心としたセルフマネジメント、組織マネジメント、事業マネジメントを指導。