43.真摯さ(integrity)とは何かを考えてみました
「一層、管理面の強化を図ります」では十分な答えではありません。残念なことに、静岡県内に本社をもつ世界的にも有名な輸送機器メーカー2社でも不正が発覚しました。
それに続くように、障がい者雇用率の水増し問題も報じられました。国の省庁レベルにとどまらず、県レベル、さらには市・町レベルまで拡大しています。
このコラムの読者である人事担当者(管理部門の方々)が、いかに障がい者の採用、社内教育、日常のケアに苦労されているのか?
さらには労働局/労働基準監督署のアンケート/お問合せと言う名の調査書への回答、立ち入り調査への対応。雇用率未達の場合のペナルティー。
これらを考えると国家・地方公務員組織の今回の不祥事に対して、行政機関が自らをどう律していくのか、しっかりと注視しなければなりません。
私は、ドラッカーの著書を使っての読書会のファシリテーターを現在、沼津、掛川、名古屋の3か所でやっています。
私と同じ全国のファシリテーターが投稿するブログのサイトがあります。「Dラボ みんなで実践するマネジメント広場」と言います(http://d-lab.management/)
そこへ投稿するために「真摯さ(integrity)」とは何か?という記事を書いていた時期に上記のような不祥事が立て続けに報じられたので、冒頭のような書き出しになってしまいました。
というわけで、ここでも「真摯さ」について書いていきます。
ドラッカーの著作のなかでよく引用する言葉に「知りながら害をなすな」があります。
「マネジメントたるものはすべて、リーダー的地位にあるものの一員として、プロフェッショナルの倫理を要求される。それはすでに、2500年前のギリシャの名医ヒポクラテスの誓いのなかにはっきり表現されている。知りながら害をなすな、である」
(『マネジメント(中)』p430、(『エッセンシャル版マネジメント』p111)
「プロたるものは知りながら害をなすことはない」と信じてもらえなければならない。これを信じられなければ何も信じられない。しっかりと心に刻んでおきたい言葉です。
それでは、本題の「真摯さ」について書いていきます。
まず、私自身がどう考えて仕事をしてきたのか?少々気恥しいのですが、公開します。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』岩崎夏海著(以下『もしドラ』)が国民的ベストセラーになり、映画、アニメ、コミック化され、社会現象にまでなりました。
オリジナルの小説が出版されたのは、2009年12月です。2015年に文庫化(新潮文庫)され現在でもまだ売れ続けています。
小説の冒頭部分で、『マネジメント』を購入し、家に帰って読み始めた主人公の川島みなみが出会う言葉、それが「真摯さ」です。
ポツリと一言つぶやいた「・・・・・真摯さって、何だろう?」ところが、その瞬間であった。突然、目から涙があふれだしてきた。
実際に、『マネジメント』から引用されている部分は、以下の2か所です。
「人を管理する能力、議長役や面接の能力を学ぶことができる。管理体制、昇進制度、報酬制度を通じて、人材育成に有効な方策を講ずることもできる。だが、それだけでは十分ではない。根本的な一つの資質が必要である。真摯さである。」
(『もしドラ』p17→『マネジメント』p130)
「事実、うまくいっている組織には、必ず一人は、手をとって助けもせず、人づきあいもよくないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰より多くの人を育てる。好かれている者よりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない」
(『もしドラ』p18→『マネジメント』p130)
ドラッカーの著作のほとんどすべてを翻訳されている上田惇生先生は、『〔エッセンシャル版〕マネジメント』の編集と翻訳に関して以下のようにおっしゃっています。
「もちろん訳語の見直しも一から行いました。『もしドラ』のキーワードにもなった「真摯さ」が生まれたのもこのときです。それまで「integrity」は「誠実さ」と訳していたのですが、それでは言い足りない気がしてずっと気になっていました。
そしてある日、新たに設立したものつくり大学*1(埼玉県行田市)近くのあぜ道を歩いていた時、「真摯さ」という言葉に確信が持てたのです。」
(『P.F.ドラッカー 完全ブックガイド』p113)
「integrity」を辞書で引いてみると、誠実、高潔、清廉〈honestyよりかたい語〉(ジーニアス英和大辞典)と載っています。私自身はこれらの意味に加えて、一貫性(sense of coherence)の意味も加えて理解しています。
自分自身の判断、チームのリーダーとしての判断において、その軸がブレないということです。実際の業務においては、選択肢の正誤がはっきりしている(Right vs. Wrong)の状況判断よりも、観点によってはいずれの選択肢も正しい(Right vs. Right)の状況であることが多い。
さらに悪いことには、どちらも到底満足のいかない選択肢(Wrong vs. Wrong)からよりダメージの少ない方を選択せざるをえないこともあります。
数年に一回程度は、こういった「決定的な判断」を迫られる状況がありました。選択において、組織の理論(理屈)と自分自身の価値観がぶつかった時には、自分自身の価値観で押し通してきました。その結果として、昇級昇格の延期、昇給の凍結(減俸はありませんでしたが)、左遷に近い転勤も経験しました。
経理(決算、会社の損益)、税務調査に絡むかなり生々しいものでした。10年、20年も前の出来事なので、もう時効かとも思いますが、活字として残ってしまうので、興味を持たれた方は直接お会いしたときにリクエストしてください。お話します。
ここでは、「真摯さ」を心がけてきて、状況が良い方向に向かった話を2つ紹介します。
私が単身赴任生活をやめて、自宅から通える会社に転職を考えたときのことです。転職エージェントからの紹介で、面接に臨んだ会社が、自宅から自転車で3分のところにあるコーニングというガラス会社でした。
コーニング社(Corning)について紹介します。ドラッカーの著作『マネジメント(中)(下)』 『ネクストソサエティ』でも、例として登場します。
1851年創業のアメリカでは最も古い歴史のある会社です。エジソンが電球のフィラメントに多くの失敗の末、日本の竹を使って成功した話は有名です。そのエジソンが作ったゼネラルエレクトリクス(GE)が電球を量産して販売する際に、ガラスバルブ(球)を供給したのがコーニングです。
本社は、ニューヨーク州のアパラチア山脈の山の中の小さな町にあります。フォーチュン500の200位から300位くらいのところにいてグローバルに展開している企業です。
現在のアメリカでは、ビジネスパーソンから家庭の主婦(夫)・子供までコーニングを知らない人はいません。鉄道信号機用ガラス、耐熱食器、望遠レンズ、テレビ用ブラウン管、光ファイバーケーブル(硝子繊維)そして液晶パネル用の基盤ガラスといった製品を生産してきました。
1.中途採用面接での窮余の一策
静岡県にある工場は、液晶パネル用基盤ガラスの世界シェア50%*2を生産するコーニングの稼ぎ頭の向上でした。その工場の経理部門とアメリカ本社との連携業務が職務要件でした。
エージェントの担当者曰く、「経理の仕事なので数字の世界、英語力はそう必要ない。何とかなりますよ」と。
半信半疑で採用面接に臨みました。受付前のロビーで待っていると、外国人の50代くらいの男性が近寄ってきて、面接に来たの?どこに住んでるの?静岡はいいところだね、君はどう思う?なんて質問がきてしどろもどろで回答しました。
その後、中に呼ばれて、中国人の様な容姿で完璧な英語を話す私より10歳は若いと思われる女性からインタビューを受けました。
履歴書について聞かれた後、「あなたにとって働くうえで何を大切にしていますか?」ときました。相手はアメリカ人、家族と答えようか、それともハードワークと答えようかと迷っている中で、ドラッカーの本で出合った、integrityが浮かび上がりました。半ば苦しまぎれに‛integrity’と答えると‘good!’と返ってきました。
これといって、手ごたえのある回答ができぬまま終わってしまった面接でした。しかし‘integrity’の一言がよかったのか合格し、働くことになったのです。インタビューのときにいた50代の男性はコーニングの技術部門のNo.3(上級役員)で、女性は私のボスでした。
後日彼女によると、「中国語は母語、英語も完璧、ただ仕事をする上で日本語が出来ず、また修得しようとして挫折したため、日本人の秘書役と実務がわかる部下がほしかった」とのことで「面接で‘integrity’が出た時にはびっくりした」とのことでした。
ドラッカーもよく読んでいて、ペーパーバック版を何冊か会社に置いてありました。(彼女は、アーサーアンダーセンの監査部門から転職してコーニングに入りexpat*3として日本に赴任していました)
2.Sarbanes-Oxley法の衝撃
入社してすぐの頃、アメリカで続いていた企業不祥事(違法な会計処理による粉飾とその後の倒産)*4に対処するためSarbanes-Oxley法*5が米国議会を通過し、上場企業に対して厳しい監査が行われることになりました。
コーニング本社もSarbanes-Oxley Internal Control Projectができ、ボスと私が日本側のメンバーになりました。静岡の工場も会計基準は、US-GAAP*6に基づいて処理して、税務申告用にJapan-GAAPに変換することをやっていました。日本の会計は「税務が強く非常に厳格」といわれるだけあって新たに大きな改革や対策は必要ありませんでした。
期末の実地棚卸、帳簿との突合、差異の処理だけが工場創業以来まともに行われていなかったので、工場内プロジェクトを組んで実施したくらいでした。
アメリカから、まず内部監査としてA&W*7の会計士たちが静岡に、続いて外部監査(法廷監査)でPwC*8の会計士がやってきました。余談ですが、いわゆるニューヨーク市を拠点に働く超エリートのCPA(公認会計士)の仕事ぶりを目の当たりにして驚きました。
仕事中の集中力、時間厳守、on-offの見事なまでの切り替えです。
監査結果は、日本(静岡)では全く問題になる点はなく、合格(clear opinion)をもらえました。日本以外の結果については、職位の上でのアクセス権がなく知り得ませんでしたが、プロジェクトは目的達成で解散しました。
このコラムの末尾につけた写真が、その時に本社からいただいた記念品です。ガラス会社ですのでガラス製(クリスタルガラス)です。
さらに社長賞としてびっくりするくらいの一時金とボーナスの増額がありました。この記念品にかかれている(彫られている)文字“Integrity is the Bottom line”はこの後、私の会社務めをする上での判断のよりどころ(行動規範)になりました。
“Integrity is the Bottom line”には2つの意味があります。
・判断に迷ったときには、integrity を基準にせよ
・会社の最終利益(Bottom Line)は、すべての取引がintegrity によって処理されていなければならない
冒頭で『〔エッセンシャル版〕マネジメント』から2つ引用しました。
『現代の経営』にも「真摯さ」が登場します。これらの文章も常に心にしていたいものです。
真摯さはごまかしがきかない。一緒に働けば、特に部下にはそのものが真摯であるかどうかは数週間でわかる。部下たちは、無能、無知、頼りなさ、不作法などのほとんどのことは許す。しかし真摯さの欠如だけは許さない。そして、そのような者を選ぶマネジメントを許さない。(上巻 p218)
いかなる一般教養を有し、マネジメントについていかなる専門教育を受けていようとも、経営管理者にとって決定的に重要なものは、教育やスキルではない。それは真摯さである。(下巻 p262)
一番下に、Integrity is the Bottom Lineと刻まれています。
*1:英語表記の大学名Institute of Technologyはドラッカーの命名です。
*2:現在でもコーニング社は、50%のシェアを持っていますが、台湾に2つの大きな工場を持ったので、日本(静岡)は15%に落ちています。しかしマーケットが拡大しているので生産高は大きく変わっていません。
*3:expatriate 本国(米国)で採用され海外に赴任している社員。かなり多くの特典を与えられていて、給与体系も全く別です。
*4:エンロン、ワールドコムといった会社が行ったもので、アーサーアンダーセンのコンサル部門が違法な指南を行い、同社の監査部門がそれを故意に見逃すといったことが行われていたと言われています。アーサーアンダーセンも倒産し、コンサル部門だけは、アクセンチュアとして存続しています。
*5:米国では、Sarb-Ox(サーボックスと言っていました)日本では、SOX(ソックス)法といわれ、日本版のJ-SOX法ができました。
*6:GAAP: Generally Accepted Accounting Principles一般に公正妥当とされる会計原則のこと
*7:アーンストン&ヤング(Ernst & Young)Big4と言われる監査法人の1つ
*8:プライスウォーターハウスクーパース(PricewaterhouseCoopers) Big4と言われる監査法人の1つ
Topics :リープフロッグ(Leapfrog)現象
前回、ゆでガエル理論を取り上げましたので、今回はカエル続きで“Leapfrog”についてです。「蛙飛び」のことですし、日本では「馬飛び」として知られている遊びのこともいいます。
ビズネスシーンでのリープフロッグ現象とは、例えば新興国が先進国から遅れて新しい技術に追いつく際に、通常の段階的な進化を踏むことなく、途中の段階をすべて飛び越して一気に最先端の技術に到達してしまうことを言います。既存の技術を導入する前に、その技術を一つ飛び越して、さらに新しい技術を導入することです。
例えば、アフリカのマサイ族の狩人同士が携帯電話で情報交換をしている画像を見たことのある方も多いでしょう。これらの携帯電話は、太陽光発電によって充電されています。つまり、発電・送電網や電話回線網といったインフラ整備の段階を一つととび越して(leap)、ポータブルな電力確保と通信手段の確保が出来ている訳です。
また、中国深圳の公共交通機関(バス・タクシー)のほとんどが電気自動車に切り替えられているという報道を見ました。ガソリンエンジン、ディーゼルエンジンからの排気ガスによる深刻な大気汚染対策として進められています。ここでも今の日本のように、電気自動車に移行していく前段階の「ハイブリットカー」の導入を一つとび越して(leap)いるのです。
後発のビジネスにとっては、先行者の後を追い付け・追い越せで競争するばかりでなく、一足飛びに最新技術を取り込むことによって競争の先端に立つことも可能なのです。
また、特に大企業が競争優位を保っているがために新技術への移行を怠っていると、異分野からの参入企業によって一泡吹かされることにもなりかねないという警鐘の意味もあります。
Jerry O. (大庭 純一)
1956年 北海道室蘭市生まれ、小樽商科大学卒業。静岡県掛川市在住。
ドラッカー学会会員。フリーランスで、P.F.ドラッカーの著作による読書会、勉強会を主催。
会社員として、国内大手製造業、外資系製造業、IT(ソフトウェア開発)業に勤務。
職種は、一貫して人事、総務、経理などの管理部門に携わる。社内全体を見通す視点、実働部隊を支える視点で、組織が成果をあげるための貢献を考えて行動をした。
・ISO9000s(品質)ISO14000s(環境)ISO27000s(情報セキュリティー)に関しては、構築、導入、運用、内部監査を担当。
・採用は新卒、キャリア、海外でのエンジニアのリクルートを担当。面接を重視する採用と入社後のフォローアップで、早期離職者を出さない職場環境を実現。
・グローバル化・ダイバーシティに関しては、海外エンジニアの現地からの直接採用、日本語教育をおこなう。日本人社員に対しては、英語教育を行う。
・社内教育では、語学教育のみならず社内コミュニケーションの活性化、ドラッカーを中心としたセルフマネジメント、組織マネジメント、事業マネジメントを指導。